宴会の開始時間が迫っていた。上司も来ることになっており、少々焦る。店員はいろいろと説明してくれたが、上の空だ。ようやく携帯電話を手に入れ、解放されたときにはすでに開宴時間を少し回っていた。ちょっと走った。
三宮の余りぱっとしない雑居ビルのエレベーターの前で、同じく少し遅れた同僚と出会い、エレベータで上に上がり、しゃれたレストランの奥に通された。十数名の宴会である。とりあえず遅れたことを詫び末席に着いた。都合で遅れている人が他にも数名居たようだ。隣に座った人にケータイを買った報告。持ってなかったの、と驚かれた。
細長いテーブルの向こうとこちらでは意思の疎通が難しい。こちら側には盛んに九州風の料理が運ばれ、赤ワインのおかわりが出てくる。こっち側の方が楽しいし、おいしい。私は赤ワインが好きだ。今運ばれているワインは悪くない。宴会の記憶は途切れがちだ。まぁ、結構おいしかった。
これと云ったどんでん返しも何もなく、宴会は終わり、私はほろ酔い加減で駅に向かった。同じ方向の人はおらず、一人で阪神電車の各駅停車に乗った。あんまり覚えていないが、ガラガラの各駅停車を降りるまで20分ほど、私はとりあえず、パッケージを開けて電話を取り出し、第一報を女房に掛けようとした。「買うかも知れない」とは言ってあったが、まさか今日買って帰るとは思っていないだろうから、ちょっとしたサプライズになるはずだ。
箱の中にはマニュアルも何も無し。そういえば、販売店のニイチャンが、SIMカードの挿入方法を熱心に教授してくれた。入れ間違うと、アイホン全損の恐れあり。全損すると6万円掛かる、とか言っていた。私は何で全損6万円なのか、その時には全く理解していなかったが、今は少し分かる。
封筒からカードを取り出し、アイホン本体に挿入するには、アイホンのてっぺんにある小さなあなに細長いものを差し込んで、SIMトレイを引き出す必要がある。光学ディスクの強制排出にしばしば使うような針金が必要だ!こういうことは結構慣れているつもりだが、丁度良い針金が見あたらない。(本当はSIM取り出しツールがパッケージに含まれていたが、その時は気がつかず)カバンの中を探ると、ホチキス綴じの書類があった。ヤワなホチキスを外して引き延ばし、それを針金代わりに使ってみる。今考えるとかなり危なっかしいが、ちょっと苦労してSIMカードを差し込むことが出来た。箱の中にはマニュアル等は入っていないが、販売店でちょっと弄って何となく分かったつもりになっていた。また、アップルのインターフェイスは「何となく分かったつもり」で一通りの機能を使える筈である。然し、結局電話は掛からなかった。バッテリが完全に放電されていたらしい。私はすごすごと電話をソフトバンクの手提げに突っ込んで、電車から降りて家まで歩いた。
アイホンは電話である。電話であるが、iPodでもある。それからインターネットにつなげることが出来る。
電話としてのアイホンは案外使いやすい。奇妙な形をしているが、耳に当てやすい。受話器と云って良いのかちょっと分からないが、自宅で固定電話として使っているパナソニック製のコードレス電話は時代遅れのPHSのようなデザインで、本体が妙に小さくて顎と肩の間に挟めないし、何処に耳を当てて良いかわからず極めて使いにくい。アイホンはタッチパネルで余計なボタンが無いのがよい。携帯電話はテンキー以外のいろいろなボタンが付いていて迷いそうだが、アイホンは必要なときに必要なキーがパネル上に現れるようになっておりインターフェイスは秀逸だ。
iPodとしてのアイホンは使いやすいとは言えない。気軽に音楽を聴くためなら普段使っているiPod shuffleの方が遙かに優れている。何しろ、アイホンは大きすぎる。特に今は夏で薄着だから、ポケットに入れても嵩張る。つるつるしていて、下を向くと胸のポケットから滑り落ちそうだ。また、電話を兼ねるために、アイホンはすぐに画面がロックされ、ちょっと一曲飛ばすにもロックを解除しパスコードを入力しなくてはならない。シャッフルのように、手探りで操作というわけに行かない。
ウエブブラウザとしてのアイホンは少々問題がある。頻繁に落ちる。また、再表示の時にキャッシュが余り役に立っていないようだ。アイホンでインターネット閲覧していると、待ち時間が掛かる。待たされた挙げ句に落ちるから、もうガッカリくる。忍耐が必要だ。ブックマークも使いにくい。まぁ、いろいろと野心的なのだが、煮詰めがぜんぜん足りない印象だ。他の携帯電話を使ったことがないから、単純な比較は出来ないけれども。
とにかく慣れないと仕方がない。特に、タッチパネルからの入力に難儀する。電車の中で片手に携帯電話を持って、機関銃のようにテンキーを打ち込む少女達に心より敬意を表す。アイホンを手に入れて数日、夏休みの帰省。恒例の北海道フェリー旅行に持参した。アイホンの知名度は恐るべし。なにこれ?という声はほとんど聞かなかった。チラリと見て、多くの人があれでしょ、並んだの?ちょっと触らせてという。大変な人気なのだ。