このページのもくじ

  1. 女房に誕生日のプレゼント
  2. 職場でイヤホンを突っ込むこと
  3. ジョガーと音楽、そしてiPod Shuffle
  4. ジョブスのスピーチ
  5. 携帯電話を換えること

私の誕生日が過ぎた。宇多田ヒカル、松任谷由実と同じ。

女房に誕生日のプレゼント

妻の誕生日にiPod Shuffleをプレゼントした。アルミニウム合金、銀ピカのクリップ付きのやつである。ミドリ電気で9800円だった。アップルの製品が、近所の電器屋で手にはいるのだからすごい時代だ。私はマッキントッシュのユーザーで、ウインドウズパソコンを使わない。数あるデジタルミュージックプレーヤーの中からアップル製のiPodを選ぶ必然性があると思っているのだが、それ以外の人々、ウインドウズユーザーなら別にソニーとか、パナソニックとか、マイクロソフトから出た新しい製品でも何でも良さそうだ。人々がそう言ったものと較べてアップルを選ぶ理由は何だろう。

実は、昨年の春から喫煙を止めている。もうずいぶん長いことタバコ自販機にコインを入れていない。喫煙しないと毎月の小遣いに余裕が出来る。かつては二日に一箱程度消費していたから、単純に計算して、一ヶ月あたりおおよそ5000円程度タバコ代が浮く。しかし、実際に節約できる金額はそれよりもかなり大きい。

職場内は健康増進法により禁煙になっていた。タバコを吸うために、離れたどこか(自らが探して選んだ喫煙スペース)に歩いて行かなくてはならない。時間が無駄になる上に、途中で何かしらの誘惑がある。いや、缶コーヒーとかそう言うものなのだが。実際にタバコ代より缶コーヒー代の節約の方がずっと大きいと思う。あと、時間も節約することになって、その分をジョギングと家族サービスと仕事に振り分けている。それから、肺ガンなどの疾患に罹りにくくなるかもしれないから、おそらくいくらか健康になるだろう。ちょっと微妙だが。ま、タバコと因果関係がっしてきされている疾患がいくつもあり、それらに罹患するリスクが幾分減ったと言うことは言えるだろう。

タバコを吸わなくなってから小遣いが支給される日に財布にいくらかお金が残っているという状況が続いている。そのうちに一万円くらいの余裕になりそうだ。女房の誕生日に、iPod Shuffleをプレゼントすることにした。欲しいといわれたわけではない。私用のiPodが一台、昨年春に長女の中学進学祝いにプレゼントしたiPod nanoが一台あるが、女房はほとんどそれらに関わろうとしない。家事などに多忙な毎日だし、マニュアルを熱心に読むことが嫌いのようだ。妻は(私も)携帯電話をもっていないが、要するにそう言う機械が嫌いなのだろう。

プレゼントして以来、三週間近くになるが、iPod Shuffleは居間のPowerMacに繋がったまま、ほとんど活躍の機会が与えられていない。マックを起動すると、iTunesがいちいち起動するようになっただけで、みんなちいさなShuffleのことを忘れかけているようだ。この状況を私は理解している。そうなるだろうと思っていた。妻がiPodを活用するには、少し生活の習慣を変える必要がある。しかし、彼女に今その余裕はない。とりあえず、私がある程度の使い方を彼女に指南してあげる必要があると思い、ちょっと使ってみることにした。使い方とは要するに、有意義なコンテンツをShuffleの中に用意してあげることに他ならない。とりあえず、iTunesに入っている子どもたちが作ったプレイリストのいくつかを取り込んで、職場にもっていくことにした。見ると、アルミニウムのボディは窓際のカーテンで遊ぶセキセイインコたちのトリババ爆撃を受けていた。

職場でイヤホンを突っ込むこと

職場でiPodを使ってみることにした。私の日常業務の内容は、デスクワークだったり、かなり単純な手作業の繰り返しだったり、その段取りを付けるためにいろいろと構想を練ったり、学習したり、そして、たまに講習会のようなところで講師役をやったり。そんな感じ。単純作業の繰り返しの時は、iPodの入り込む余地がある。デスクワークだって別に聴きながらやるのは構わない。ただし、耳を塞ぐことによるリスクのいくらかを背負い込むことになる。こういった作業中にiPodを使うこと、いや、もっと以前からウォークマンのイヤホンを使いながら作業をすることを時々やっていた。私はいろいろな音楽を聴くし、ロサンジェルス近郊の職場では、FMラジオからロックミュージックをいつも鳴らしていた。邪魔になると思ったら止める。そういう切り替えが必要だ。

私のもっているiPod(20GBでモノクロ液晶の最後のモデル)は少々重たく、かさばる。仕事中に使うときは、ポケットに入れておくより、デスクの引き出しを少し開けて乗せておく方が実用的だ。ただし、イヤホンのケーブル長が行動に制限を加える。少し姿勢を変えるのに(机の反対側にある何かを取ろうとするときに)首の位置を動かさないように手だけ伸ばすか、iPodを左手に持って右手を伸ばそうとするか、耳からイヤホンを外して動作に掛かるか、を選ぶ必要がある。まるで柱に繋がれた犬のようだ。聴覚がイヤホンの音楽で遮断されるデメリットを意識しつつ、状況を慎重に判断するべきである(が、思わず夢中になる)。

ジョガーと音楽、そしてiPod Shuffle

私は都合が付いたら昼飯前にジョギングに出かけることにしている。私は今を遡ることだいぶん前、学生の頃はジョガーでマラソンランナーだった。昼休みに着替えて職場をちょいと抜け出してジョギングすることに余り抵抗感がない。そう言えばそれに関して以前ここにも何か書いたと思う。あった。(ジョガーとパソコン2006-06-29)既に説明があるから面倒が省ける。

半年が過ぎ、季節は冬になったが、ジョギングは続いている。だいたい、週に3-4回ほど一度に4キロくらいは走っていると思う。最近は職場周辺のコースを知り尽くして、グーグルマップのお世話になることは減った、というか、ちょいと疲れ気味で、地図を眺めて冒険しようという気分にならない。

さて、iPod shuffleは少々扱いが難しい。液晶表示がないから、今ひとつ分かりにくい。今まで使っていたiPod20GBと較べるとiTunesの設定項目も少ない。私はPodcastを聴くのに使おうと思っていたのだが、なんだか取り込み方がよく分からない。とりあえずPodcastは諦めて、子どもたちのプレイリストから音楽を取り込んで、武庫川沿いの河川敷を走ることにした。服装は長袖長ズボンのジョギングウエアの上にスゥエットシャツを一枚羽織り、つば付きの帽子を被る。Shuffleはズボンの左ポケットに挟んだ。

一歩踏み出して、すぐに問題にぶち当たった。実は私の耳は大きい。子どもの頃から、ダンボのようだと親に言われていた。実際にはダンボほど大きくないが、耳たぶが体の正面方向を向いているので目立つ。(元プロ野球選手、江川卓氏のように)従って、外耳道の入り口付近の形状が、一般の人たちと少し違うようだ。iPodのイヤホンがでかい。アメリカンサイズだという批判は聞いたことがある。一歩走った瞬間に、左耳からイヤホンが落ちた。これは以前から同じことに悩まされていた。左耳からイヤホンが落ちる。20GB iPodを買ったときも、でかすぎるイヤホンはほとんど使わずにソニー製の耳栓型イヤホンを使った。ウォークマンは昔使っていたことがあり、ソニーの不等長イヤホンは使い慣れている。

しかし、その日はiPod純正イヤホンしか無かったのでを使わざるを得ず、初めは左手で耳を抑えて走り始めたが、宜しくない。一生懸命イヤホンを耳の穴につっこむほどに、収まりが悪くなる。左耳は諦めて右耳だけのモノラル音声で走ることにした。

今まで、私は昼休みのジョギングをポジティブに捕らえているつもりで居た。おおよそ20-30分間、一人で前を向いて、時々景色を眺めながら、情報機器からも離れ、仕事を忘れ、瞑想しつつ走る。いろいろなことを考える時間のつもりで居た。しかし、実際には走りながらそれほど考える余裕はない。黙々と走るが、瞑想と云うより寧ろ雑念である。走っている間に何か良いことを考えついたような記憶はほとんど無い。私にとってジョギングは、頭の中の下らないことを全てふるい落とす時間。走り終わったあとは、すっぽりと空っぽになったような心持ちだ。

イヤホンで音楽を聴きながら、図らずも聞こえてくるのは初期のビートルズ、Mr. MoonlightやPlease Mr. Postman、そして、花*花やら、宇多田ヒカルやら、いろいろ。ただ音楽が聞こえているだけなのだが、周囲の景色が違ってみえる。走るスピードやリズムが違う。考えてみれば、素人に瞑想しながら走れ、といったって無理なのだ。聞き慣れた音楽が右耳から響いてくるだけで、私の脳細胞の一部は活性化され、何か良い循環を作り出しているように思える。

これは新鮮で、痛烈な経験だった。何故、多くの人が音楽プレーヤーをぶら下げながら音楽を聴きながら走っていたのか、iPodがこれほど歓迎されるのか、分かった気がする。これは実際にやってみて、初めて理解出来るだろう。劇的に小さくなったShuffleが私にもたらしてくれたのは、そう言った経験だ。

実際に身につけて走る場合、本体の大きさ、重さはまるで気にする必要はない。工夫が必要なのはケーブルの取り回しで、付属イヤホンのサイズなどから想像するに、ズボンのポケットにクリップすることを想定しているのだろう。帽子のツバに付けてみたが、風で飛びそうだし、視界を一部遮るので余りよい気がしない。スエットシャツの首に付けるとケーブルが余る。余ったケーブルが走るたびに弾んで口元で邪魔になる。余ったケーブルをまとめてシャツの内側につっこむような工夫が必要だ。左のポケットに付けるのがお勧めだ。左手で操作する方がやりやすそうだ。クリップの側が外に出る。本体はポケットの中だ。

夏になったら汗をかくことも考えて、装着場所を選ぶ必要があるかもしれない。 あぁ、しかしこれは女房のものだ。返さなくっちゃ。

ジョブスのスピーチ

Apple Computer が社名から後ろ半分を外して、Apple Incとなった。MacWrorldの基調講演をQuickTimeで見た。三度みた。講習会を控えて、Keynoteプレゼンテーションを鋭意準備中の身には、大変刺激が強かった。Jobsのプレゼンテーションがコンシューマ用のKeynote3でそのまま実現するのかどうか知らないが、世界最高のプレゼンテーションの一つとして、印象に残しておく。素晴らしいのは、ジョブスの存在そのものが、プレゼンテーションのパーツとして組み込まれ、演出されていること。素晴らしい。あれに匹敵するスピーチが出来る経営者が日本に居るだろうか。居ないな。

もう一つ重要な点は、彼が紹介しようとしている製品そのものが、おそらく彼らにとって会心の作品であること。何しろ電話を再定義したというのだ。今まであるどの電話とも違う。そして、最高の携帯音楽プレーヤーと位置づけられているiPodをその中に取り込んだ。みろ、こんなことも、あんなことも出来る。私がやりたいことをやりたいように出来るのだ、という紹介。自信満々で何の迷いもなく、スピーチできる。

真似できないので参考にはならないが、ユーザーサービスとして、あのKeynoteファイルを配って欲しいものだ。次のKeynote4におまけで付けるとか。Keynoteの拡販に大いに貢献するだろう。

話題騒然のiPhoneの方は、も少し粋な名前にならなかったのかと思う。MacBookといい、ちょっと名前の付け方がつまんないね。

携帯電話をもっていないという、今では貴重なポピュレーションに属する私の目から見たiPhoneの感想もまた貴重なものだと思うのだが、十分に魅力的だ。最大の魅力はOSXだ。以前東芝のHDプレーヤーを買ったときに、そのユーザーインタフェイスの完成度の低さにうんざりした。OSXをライセンス契約で搭載すればよいのに、と思った。iPhoneはOSXで駆動しているとのこと。実現しているらしい。マッキントッシュと同じように扱えるのなら、私は電話のためにわざわざ新しい操作法を学ぶ必要がない。

薄っぺらいのも良いし、機械式のペコペコキーボードが見あたらないのも良い。ただ、デザインはあの程度か。コンセプトにデザインが負けているという印象を持った。どういった使い方が出来るのか興味がある。値段は高過ぎるね。

携帯電話を換えること

番号ポータビリティということで、ずいぶんと騒がれた。ビジネスチャンスということらしく、私の家の近所にも携帯電話のショップがいくつかあるし、民放のテレビ番組を見ていると、携帯電話関係のコマーシャルが目立つような気がする。私はそれにほとんどお金を支払っていないから、携帯電話会社がスポンサーについているテレビ番組を見ていると、なんだか少し得した気分になる。

携帯電話を換えたい、あるいは電話会社を別の所にしたいと思う理由がよく分からない。

電話が繋がりやすい、繋がりにくいということがあるらしい。例えば、私の職場でも、大きな窓のある廊下で電話している人をよく見かける。廊下でしゃべりたいわけでなく、窓のあるところに行くと電波が届くということらしい。なんだか、携帯電話というのはいい加減な代物だ。また、この頃みるコマーシャルは格安の料金プランを宣伝しているようだから費用を少しでも節約したいと云うことか。あるいは、会社によってよりよいサービスが提供されているということか。

あるいは電話の機種の問題か。電話会社ごとに使える電話の機種は異なるのだろうか。私は固定電話のユーザーだけれど、なんだか、マイラインがどうのこうのと選ばされたような記憶がある。今となっては良く憶えていないが、市外通話関係の請求書はKDDIから来ている。市内通話の方はNTT西日本から来ているようだ。先日、引っ越しの際にコードレス電話を新しく買ったのだけれど、別にどこの電話会社とかそう言うことは何も気にする必要はなかった。

とあるブログで、まだ年若い人(仮にAさんとする)の日記だったのだが、携帯電話の会社を換えようかどうしようかと迷っている人の記事を読んだ。彼がその会社を選んだ理由は、元カノと同じ会社にしたということ。番号ポータビリティ制度が始まって、会社を換えようかと思っているが、どこが一番安いのか分からず困っているというような話。おそらく、その人の使い方によって、どの会社のどのプランがお得なのかというのはきっと変わってくるから、単純なアドバイスは出来ないような仕組みなのだろうと想像する。契約更新の時期が迫っているが、資料を集める余裕がないから、結局そのまま契約を延長するだろうという話だった。

ヤフーソフトバンクがボーダフォンを買い取ったあと、苦戦しているという話を聞いた。広告の手法が消費者を惑わすと批判されたり、いろいろあった。私が思うに、番号ポータビリティ制度に勝ち抜くには、いつでも加入できていつでも止められる、それに関する手数料や何かが一切なし、という方針を打ち出せばよいのではないか。そうすれば、どうして良いか分からず困っているAさんのような人は、「とりあえずヤフーに」入ることになるだろう。誠実に、顧客本位のサービスを打ち出す積もりなら、それだけで十分な宣伝効果があるように思う。

さて、私は今となっては珍しい、新規の顧客の資格を持っている。電話をもつことが面倒だ。必要性を感じず、生活のコストを節約したいから、私も妻も、子どもたちも、携帯電話をもっていない。子どもたちの友人には、既に携帯電話を使いこなしている人もいるようだ。いまや、幼稚園児でももっている。

文部科学省が定める「いじめの定義」に携帯電話やメールを使ったものも取り入れられるとのこと。世の中には、電話を片手によそ見して歩く人々があふれている。いつか転ぶぞ。痛い目に遭うぞ。繋がらなくて良い相手と、繋がってしまうぞ。ちまたを賑わす詐欺事件も、大抵は携帯電話を利用している。そして、毎月結構な料金がかかるらしい。

それまでして、私は子どもに電話をもたせたいとは思わないし、私自身が電話をもちたいと思わないというか、電話をもたずに済ませる特権は、ある意味、ネクタイを締めずに会議に出る図々しさと通ずるものがあるにもかかわらず、誰も文句を言わない今、私はハッピーなのだ。


お仕事、いろいろ。