プレゼンテーション資料を作るときに、パワーポイントの枠にはめられる窮屈さを感じている。企画する段階で、いつのまにか、それがパワーポイントで実現するかどうかが大前提となっている。柔軟な発想がソフトウエアの仕様の拙さにに毒されているのではないか。より深刻な問題は、プレゼンテーションの提示を受ける側が「パワーポイント頭」になってしまうこと。大学生たちは横長プロジェクタ画面に疑問を抱かず、延々とパワーポイントプレゼンテーションの刷り込みを受け続ける。
IT教育とやらが、より初期教育から取り入れられようとしているらしい。
文部科学省と独立行政法人メディア教育開発センターが、IT活用の実証授業により教育効果が上がったとして検証結果を報告する、という話し。そもそも、「IT教育」というのが何のことか分からないのだが、パワーポイントSVGAの枠にはまったコマ単位の情報をやりとりするという習慣を子供の頃から刷り込んでいくことに、強い危惧を抱く。教師がその場であくせくと板書するのに較べると、パワーポイントはいつもあらかじめ用意されている。教える側の苦労が見えにくい。また、柔軟性に欠ける。10年後には黒板を知らずに高等教育を終える世代となるのかもしれない。本当にそれでよいのか?