さて、書式を埋める作業について、若干の考察を加えることにする。まず、この書類について、簡単に説明しておく。文部科学省の科学研究に関する補助金の支給を受けるための申請書である。日本学術振興会という組織が、その大部分を請け負っている、と云う表現で大きな間違いはないだろう。組織に関することに、私は余り関心がない。毎年、秋に締め切られる。日本中の様々な研究機関が申請をおこなう。数万部の申請書が作られ、審査され、その中から何分の一かが合格し、補助金を受けることが出来る。申請書類、途中経過の報告、研究成果の報告、と、申請後も書類作成に追われることになる。
申請書は、希望する研究費の金額や支給期間などにより細分化されているが、概ね似通った書式に従う。私が作成した書類は、13ページ。極めて事務的な部分と、申請内容に関する説明の部分が入り乱れている。書式はpdfファイル、もしくは、ワード、一太郎のドキュメントファイルとして、主催者のウエブサイトからダウンロードが可能である。私が利用したのは、Mac用Word2001形式のファイルと、pdfは検証用である。
13ページの書類は裏表に印刷し、綴じて提出することになっている。全体がテーブルで構成されている。主催者のダウンロードサイトに、以下のような注意書きがある。
※ダウンロードされる方への注意事項 計画調書等の作成に当たっては、各研究機関に送付している様式を複写して、作成することを前提としているところですが、このページは、研究者及び各研究機関の科学研究費補助金事務担当者の方々へのサービスの観点で、公開しているものです。
各様式は、お使いの個々の動作環境によって、不自然な罫線のずれや改行、または文字化け等不具合が発生する場合があります。その場合は個々の動作環境にかかるお問い合わせには応じかねますので、お手数ですが適宜修正を施してご使用ください。また、元の様式と照合したい場合は、各研究機関の科学研究費補助金事務担当者に届けられている印刷様式を参照してください。
即ち、このファイルを利用して文書を作成した場合、それが申請書の書式としてValidである保証はない、ということ。審査は、あくまで内容で評価されるはずだが、書式、つまり、余白の幅や罫線の太さなどを遵守することが重要と考えているらしい。
およそ、テーブルをレイアウトに使うことの拙さはウエブページ作製の場合と同様である。何より、ほとんどのページはテーブルに組み入れる必然性がない。テーブルにしたところで、編集しやすくなるわけでも、読みやすくなるわけではない。上記注意書きでも分かるとおり、書類を作成する側に配慮したわけでもない。主催者が、テーブルに組み込むことを要求する理由は、かつて(おそらく、ワードプロセッサが一般的になる以前から)そのようにしていたから、ということ意外に思いつかない。問題は、ワードプロセッサは表で書式を作るための道具ではないと云うことだ。ワープロ文書のテーブルレイアウトは裏技の類である。書式を作るにも、その書式を埋めるにも、非定型的な技術が必要である。書式を埋める側は、書式を作った側の意図を理解する必要がある。ある場所の余白は、インデントで設定してあり、次の行ではタブが挿入してあって、その次の行にスペースが連打されている場合、作者が何らかの意図をもって、そうしたのか、あるいは、単なる無知からそうなったのか、正確に推測することが重要なのである。もちろん、書式を作製する側が、ワードの使い方を十分に理解し、合理的に書式を設計していれば、埋める側の困難も減るだろう。ワードの使い方を学習することで、問題の多くは解決可能と云うことになる。去年の書式より、遥かに改善されたと思うが、それでも奇妙な書式設定が多くある。
テーブルのセルに文書を入力する場合、タブを使うのが困難である。また、こういった書式の場合、スタイルを利用して書式を設定することも難しい。ワードはこういった書類の作成には向いていない。
公平な審査、審査の効率性から、一定の書式が必要とされることは理解している。また、テンプレートを用意して下さった方のご苦労にも感謝する。しかしながら、マイクロソフトワードには、このような書類作成のためのプラグインを使えるような柔軟性が無い。日本の科学研究が、ワード書式に費やす莫大な無駄を考えると、専用のソフトを提供するべきではないかと強く思う。国際的な競争力の数パーセントが、馬鹿なワードのために殺がれていることに危機感を覚えるべきだ。それでもワープロ利用を前提とするならば、申請書書式そのものをワープロ向けに根本的に考え直すべきだ。数万人が、同じ悩みを抱えながら、不効率な書類作成作業を強いられている。大変な無駄である。
文句ばかりで、はどうにもならない。どういったソフトが必要か、考えてみる。とりあえず、ワープロで十分だろう。まず、鋳型となるPDF、あるいは、印刷イメージをスキャナで読み込んだもの、ベクター形式の画像ファイルなどを読み込んで、編集不可の背景とし、これに入力用のワープロレイヤーを重ねる。これで十分ではないだろうか。それほど難しい技術とは思わない。
ワードを使った創意工夫が間違った方向に向いている。これはおかしい、能率が悪い、と云う発想が必要である。