情報教育のあり方(2005-07-17)

ネットワーク上の有害情報を規制するべきというような論議が盛ん。フィルタリングソフトなどを活用し、子どもたちを有害な情報から守ろうといった論調であるように思うが、私は無駄と思う。子どもたちに、ウエブページ閲覧を学習させるのに、繋がらないリンクだらけのウエブ閲覧に何か意味があるのか。切れない包丁を使って、豆腐を刻む練習をするようなもの。社会に出たら、本物のネット環境と向き合わねばならぬ訳で、そのための準備としての教育をおこなうつもりなら、フィルタリングなど帰って邪魔だろう。

小学生達は、出題者が期待する解答を予想し、空欄を埋めるトレーニングを受けている。察しが良く先回りして答えを用意することが評価される。いまだにプレゼント目当てに個人情報を入れさせている埼玉県(高木浩光の日記2005-06-28)にに見られるような、子ども相手のアンケートは、そういった小学生達の習性を見事に利用しており、恐らく出来の良い児童ほど、「イチコロ」だろう。性教育と同様、直ちに行う必要あり。きちんと分かっている人が教える必要がある。